退屈_2

人は暇つぶしにFacebookを見る。そこでは友人が、もしくはそのまた友人が写真をアップロードし、友人への感謝や楽しい思い出を開陳している。
またある人は暇つぶしに他人のブログを読む。他人の思考の深さ、経験の多様さ、周りの人間の優秀さ、いろんな人間に囲まれている人間をみて、「すげーなー」、「全然俺足りてないなー」と感じる。
ソーシャルメディアは人と繋がる、関係を深めるきっかけを与えてくれることがある。けど、それ以上に自分に焦燥感、欠乏感を与えている気がする。
それは人を幸せにしない。めくるめく自分の可能性に気付かせて、新たな可能性への決断へと自分を促しはしない。なんでだろう。
自分と他者には圧倒的な差があるように感じさせるから。
それは今の環境を退屈に感じさせる。自分が懸命になっている目の前の事象を矮小化する。そんなものはいらない。

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世の中でいろんなことが起きている。
政治、国際情勢、景気、ビジネス動向、Tech、新たなサービス、新たな製品、、、
周りは常にUp to dateであれと促すけど、それらの情報は本当に自分にとって必要だろうか。
人には自分の思考スピード、思考のキャパに合わせた情報しか取り入れられない。とするならば、キャパ以上の情報を取得して溢れ流したところで、何の意味があるだろう。
そんな情報はいらない
それよりも情報を処理できるようになるための訓練、基礎概念こそ必要だ。
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結局は自分の今のレベルに応じて仕事しかまわってこないし、人も集まらない。

この世の中で強く、後悔なく生きていきたい。そのためには全然レベルが足らないな。人生しんどくて当たり前、けどその中でも逞しく、楽しく生きていきたい。そのために必要なのは、情報ではない。自分と向き合う時間と、体系化された知識、それが俺には必要だ。